<開発の背景>

クリニカルリーズニング概念

作業療法におけるクリニカルリーズニングは,作業療法士と学生が臨床経験を通して開発する作業療法の思考プロセスであり,専門職の思考スキルである(Maruyama et al 2021).本ページではこの定義を用いる.

この概念は,作業療法実践の設定や作業療法の専門職教育(卒前教育,継続的教育)の文脈に適用されるものである.作業療法のクリニカルリーズニング概念は図のように示されている.


図1 作業療法のクリニカルリーズニングの概念図(Maruyama et al 2021を著者翻訳)


学習理論・モデル

作業療法教育とクリニカルリーズニング

「教育とは,学習者の行動に価値ある変化をもたらす活動」であり,学習者にとっては,価値ある行動ができるようになることが目標である.世界作業療法士連盟のエントリーレベルの教育水準(2016)では,有能な実践のために習得すべき知識・技術・態度の6つの能力の分野の一つとして,専門職としてのリーズニングおよび行動が挙げられている.ここでは,研究や情報収集を効果的に行うこと,倫理観を考慮した実践を行うこと,内省を伴う実践ができること,サービス管理ができること等が期待されている.

他方,日本作業療法士協会(2018)は,臨床実習の到達目標の一つに,臨床教育者の指導・監督のもとで作業療法プロセスの思考過程を説明できることを挙げている.以上から,クリニカルリーズニングの教育は専門職として有能な作業療法プロセスや実践を展開することができるようになるために,学習者の行動に価値ある変化をもたらすことであると考える.


クリニカルリーズニングの学習と教育

作業療法のクリニカルリーズニング教育戦略として,臨床経験のリフレクションが重要であると言われている(Unsworth and Becker 2016,WFOT 2016).このような経験の省察(リフレクション)を含む,経験や実践を重視した学習を経験学習という.

臨床教育におけるクリニカルリーズニング学習は,学習者と教育者との間で共同構築するプロセスとして考えられている(Farber and Koenig 2008)(図2).つまり,クリニカルリーズニングの臨床教育では学習者と教育者は同じ臨床場面を共有し,クリニカルリーズニングやリフレクション,知識化の流れが互いに影響し合うプロセスであると理解できる.

このような経験から学ぶ学習は,作業療法では,臨床実習や卒後の継続教育の中で取り組まれる.これら学習過程は,自己主導型学習によるアプローチによって教育されることが期待されている(日本作業療法士協会 2019).自己主導型学習とは,学習者に主体性を持たせつつ,学習者にとって緻密に配慮された教育者の支援と学習者の相互交渉により,学びが展開される学習である(西城,菊川 2013).

図2 クリニカルリーズニングの共同構築(Farber and Koenig 2008を著者翻訳し,一部改訂)


スケーリング(評定段階)の理論背景

Bloom’s Taxonomyは教育目標(educational objectives)の行動的局面(behavioral aspects)を分類し,明確に叙述するための枠組みです(Anderson & Krathwohl, 2001; 石井, 2002).ここでいう教育目標とは,「意図された学習者の学習成果(intended student learning outcomes)」です1).Bloom’s Taxonomyは,認知領域(cognitive domain),情意領域(affective domain),精神運動領域(psychomotor domain)の3領域から構成され,さらに下位カテゴリーに分けられます.

認知領域では,知識(knowledge),理解(comprehension),応用(application),分析(analysis),総合(synthesis),評価(evaluation)の段階に整理されています.これらは単純から複雑という順序に配列されています.これは「複雑性の原理(the principal of complexity)」に基づいており,カテゴリー間の関係は「累積的・階層的構造(cumulative hierarchical structure)」として捉えられています.つまり,低次のカテゴリーはより高次のカテゴリーにとっての必要条件(十分条件ではない)となっています.今回,クリニカルリーズニングの評価作成にあたり,オリジナル版を一部変更した改訂版のカテゴリーを参照しました(補足:Bloom’s Taxonomyの認知領域は複数の研究者によって改訂されているが,ここではアンダーソンらによる改訂版を扱う).

改訂版タキソノミーではその学習観について,認知心理学から「構成主義(constructivism)」と「領域固有性(domain specificity)」を取り入れています.構成主義の立場は,物事を学ぶことを情報の量的蓄積とはみずに,経験を意味づけ知識を構成する過程とみています.また,領域固有性の立場は,学習や発達の文脈依存性を重視し,領域を超えた一般的な心的操作や知的操作ではなく,領域固有の知識構造や知的操作の探究に強調点を置いています(Anderson & Krathwohl, 2001; 石井, 2002).オリジナル版は1950-60年代に発表されたもので,改訂版はオリジナル版を引き継ぎつつ1990年代の時代的要請を受けて提案されています.

改訂版では,認知領域のカテゴリーを知識(knowledge),理解(understand),応用(apply),分析(analyze),評価(evaluate),創造(create)としています.クリニカルリーズニングはBloom’s Taxonomy認知領域と捉えることができ,また,学習理論としても構成主義や領域固有性という点でクリニカルリーズニングの学習観に適合しやすいと考えられました.よって,改訂版の認知領域のカテゴリーを参考にクリニカルリーズニング評価のスケーリングを開発しました.


文献
  • Farber RS, Koenig PK: Facilitating clinical reasoning in fieldwork: The relational context of the supervisor and student. In Schell BAB, Schell JW (eds), Clinical and professional reasoning in occupational therapy, Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia, 2008, pp.335-367.

  • Maruyama S, Sasada S, Jimbo Y, Bontje P: A Concept Analysis of Clinical Reasoning in Occupational Therapy. As J Occup Ther (17)1: 17-25, 2021.

  • Unsworth C, Baker A: Systematic review of professional reasoning literature in occupational therapy. Br J Occup Ther 79(1): 5-16, 2016.

  • World Federation of Occupational Therapy: Minimum standards for the education of occupational therapists revised 2016. https://www.wfot.org/resources/new-minimum-standards-for-the-education-of-occupational-therapists-2016-e-copy(参照2020-07-12).

  • 一般社団法人日本作業療法士協会:作業療法臨床実習指針(2018).https://www.jaot.or.jp/files/page/wp-content/uploads/2013/12/shishin-tebiki2018-2.pdf(参照 2020-01-08).

  • 菊川誠,西城卓也:医学教育における効果的な教授法と学習法②.医学教育 44(4): 243-252.今井康雄:教育にとってエビデンスとは何か-エビデンス批判を超えて-.教育学研究 82(2): 188-201, 2015.

  • Anderson, L. W., & Krathwohl, D. R. (Eds.) (2001). A taxonomy for Learning, teaching, and assessing: A revision of Bloom’s taxonomy of educational objectives. New York: Addison Wesley Longman.

    石井英真: 「改訂版タキソノミー」によるブルーム・タキソノミーの再構築−知識と認知過程の二次元構成の検討を中心に−. 教育方法学研究 28(0), 47-58, 2002. 

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